子どもの頃、喜びはささいなことでよかった。うまくできたこと、褒められたこと。人と比べて優位に立つことで満たされたあの頃。でも、あれは誰かに守られていたからこそ味わえた喜びだった。

やがて大人になり、結婚し、子どもが生まれ、人のために何かをすることで得られる「与える喜び」に気づいた。自己犠牲でも義務でもなく、誰かを思い、その人の笑顔に満たされる、そんな自己満足の形。

でも今、僕はこう思う。

まず、自分が楽しむこと。自分の心が満たされて、溢れ出す愛やエネルギーが自然に周囲を温め、照らしていく。無理に与えるのではなく、喜びが溢れて止まらなくなるような生き方こそが、与える人生だと。

そして、夢や目標は、義務になった途端に重くなる。だからこそ、それを「楽しいプロセス」として仲間と共有し、自由に表現していきたい。困難にぶつかったときは、「きたきた、ボーナスタイム!」と笑い飛ばしながら、誰かと一緒に越えていけたら、人生はもっとドラマチックになる。

1人の力には限界がある。だけど、人と力を合わせ、未来という時間まで味方につけたら、可能性は無限だ。

僕は、そんな生き方をしたいし、そういう生き方を共にできる人と繋がっていたい。

人生は、誰かと比べて競うものではなく、誰かと喜びを分かち合う旅路。

「袖振り合うも多生の縁」

深い因縁があるからこそ、今この時代を一緒に生きていると思うと、出会った人、すべての人を懐かしく、愛おしく思います。

✨一瞬の時を、永遠に楽しみ味わい尽くすような、そんな一日を!