ある外国の刑務所では、受刑者に毎朝穴を掘らせて、午後にはその穴を埋めさせるという作業を毎日繰り返させるそうです。

意味のないことを延々と続ける苦しさを体感させ、出所後は「目的ある人生を生きたい」と思わせるためだと聞きました。

同じようなことを思い出す話があります。

三人のレンガ職人に「何をしているのか」と尋ねると、一人は「レンガを積んでいるだけ」、もう一人は「壁を作っている」、最後の一人は「教会を建てている」と答えます。

同じ作業でも、意識している“目的”で見える景色が変わるんですね。

そして、マラソンの高橋尚子さんは「30キロからが本当のトレーニングのスタート」と言っていましたし、アーノルド・シュワルツェネッガーは「限界を感じてからが本番」と語っていました。

自分の中の“限界”は、自分の心が決めているのかもしれません。

私の仕事でも思うんです。相手の不安を取り除くための提案は、実はスタートラインにすぎません。

本当にやりたいのは、その先にある“安心の上にある楽しい未来”を一緒に描くこと。

その人が、毎日を少しでも明るく、豊かに過ごせるように寄り添いたいんです。

以前の私は「お金には限界がある。愛には勝てない」と思っていました。

でも今は、お金も愛の一つの表現だと考えています。

お金を払うときは「いってらっしゃい」、受け取るときは「おかえり」と、愛情をこめて送り出し、受け取る。そんな感覚です。

大切なのは、お金で「何を買うか」。

モノではなく、心に残る“経験”や“思い出”こそが、豊かさにつながると感じています。

誰かと分かち合った時間は、相手の中にも思い出として残り、一人で過ごした記憶も、自分の大切な宝物になります。

人生は、目的があるだけで、ぐっとエネルギーが増します。

ちょっとしんどいときも、がんばれる理由になる。

今日も、こんな一日に!というゴールを持って、自分らしい一歩を踏み出せたら、それで十分。そんなふうに思います。