わたしは60歳、神奈川県藤沢市で家族4人で暮らしています。子どもは7歳と4歳。そして、別々に暮らしている子どもがもう2人、26歳と23歳になります。

生まれは新潟県長岡市。大学進学をきっかけに上京し、多摩美術大学で学びました。

そんな僕の“自分らしさ”にまつわる原点は、小学校3年生のときに体験した「引っ越し」にあります。

父の仕事の都合で、長岡市から新潟市へ引っ越すことになりました。長岡は方言がとても特徴的で、語尾に「〜がー」がよく付きます。たとえば「そーいがー」「やるがー」といった具合。

父は、僕たちが転校先でからかわれたり、いじめられたりしないようにと、「“が”抜きゲーム」を考えてくれました。語尾に「がー」と言ったら、罰金10円。そんな遊び感覚の習慣が半年ほど続き、自然と方言が出なくなっていきました。

小学校3年生で新潟市に転校。方言をからかわれたという記憶はありません。

その1年後、大阪から来た転校生が、大阪弁で堂々と話しているのを見て、衝撃を受けました。

「方言って、かっこいいな」と思ったんです。

あの時、僕は方言だけでなく、自分の“自分らしさ”を一生懸命隠していました。自分を捨てて、何者かになろうとしていた。そんな自分が恥ずかしく、少し情けなくも感じました。

そして大学生になり、東京デビュー。新潟独特のイントネーションはそのままで、よく友達に「田舎者だな〜」なんてからかわれました。

でも、それがなんだか心地よかったんです。まるで、新潟出身であることを褒めてもらっているような気がしました。

「偽ること」って、案外すぐに相手に伝わるものなんですよね。

何者かになろうとするより、自分のアイデンティティや、自分が大切にしたいものを愛することのほうが、ずっと素敵だと思います。

誰かに評価されるためではなく、自分が自分をどう見るか。そのほうが、ずっと大事。

僕はこれからも、自分の中の“新潟らしさ”を愛しながら、生きていきたいと思っています。

今日も人生の一日、

夜、寝る時にどんな一日だったら最高でしょうか?

「○○な一日だった!」

そんなイメージをもって、いってらっしゃい♪